2008年05月06日

サイモン・コーウェルの必要性〜辛口批評こそ本当の愛です

私は28歳の時に初めてLIVE活動を始めた。それまでは、曲を作るだけでLIVEをやった事はなかったし、やろうと思ったこともなかった。曲は15歳の頃に作り始めたけど。毎週末のラジオ関東(現在のラジオ日本)「全米トップ40」とFM東京&NHKFMの音楽番組のエアチェック(ラジオで掛かる音楽だけをカセットレコーダーで録音して曲を集める事を当時はこう呼んでいた。この頃はまだ貸レコード業がなかったので、あまり金を掛けないで音楽を集められる唯一の方法だった)そして毎月小遣いで一枚ずつ買うビートルズのLPを楽しみに日々を過ごす少年だった。
楽器を弾かなかったし、弾くことに興味もなかった。だからバンド活動にも無関心。周りにバンド少年がいたけど、自分とはまったく別の人種だと思っていた。
学校から家への帰り道のあいだはいつも、その時に大好きな曲を私は口ずさんだり頭の中で鳴らしていた(当時はウォークマン等のヘッドフォンステレオはまだ発売されていなかった)。で、中学三年の秋の或る日、私は自分が聴いたことの無い曲を頭の中で鳴らしていることに気がついた。それが私と曲作りとの最初の出会い。
自分になんで曲が作れるのか不思議でしょうがなかった。だから、よけいに嬉しくてしょうがなかった。私は作曲家になりたいと思った。
しかし、この後、予期せぬ紆余曲折が始まる。人生ってやつは・・・・以下省略。
で、あいだを思いきり飛ばして話が戻る。28歳の時にLIVE活動を始めた。ピアノの弾き語りで、東京・江古田にある「マーキー」というライブハウスで月一ライブを始めた。
私がライブを始めた目的は、お客さんに自分の作った曲を聴いてもらうことだった。自分の歌唱はどうでもよかった。自分の曲、さらにいうと自分のメロディーを聴いてもらうことだけに興味があった。
しかしステージに立って唄えば、自分の思惑がどうであれ、お客さんは何よりもまず私の存在を「歌手」としてとらえる。だからもし私の声や唄がお客さんの耳からOKマークをもらって心にヒットすることができなければ、そこで全てが終わってしまい、曲の良し悪しは伝わらない。
ろくに唄の練習をしていない私は、当然ながら手厳しい洗礼を受けた。発声が全然なってないので、とりあえずは声量ゼロだし。
私は毎日毎日唄の練習をした。そして一年くらい経った頃に、声量がついた。同じライブハウスに長くから出演している先輩連中からも誉めてもらえる程度に上達した。最初はぜんぜん出なかった低音がよく響いて出るようになって、太い声になった。
そうしたら曲へのいい感想も少しもらえるようになった。しかし、私のストレスは貯まる一方だった。なぜかというと、私にとって何よりも大切な「メロディー」への感想がなく、「歌詞」への反応がほとんどだった。
「マーキー」の他にも「ガソリンアレイ」「コタン」その他に出演して、LIVEを始めてから三年後には毎月三箇所のライブハウスで唄っていた。しかし32歳になった頃に、モチベーションが保てなくなった。希望が持てなくなった。「もう32だし、俺、もう、だめかな・・・・」
LIVE活動を休止して、覚えたての競馬に没頭した。毎週競馬場に通って、働いて得た金の使える分の全てを浪費した。しかし、曲だけはときどき作った。曲を作ることは私にとって生理現象だったから、できるときに勝手に作った。
そうやって「唄うこと」から完全に離れて何年か経った時に、私は自分がライブハウスで唄っていた頃のカセットテープを聴いた。そして、唖然とした。「唄っている声がぜんぶフラットしている・・・・」
そしてその時、なぜ弾き語りLIVE時代に私は自分にとって最も大切なメロディーをお客さんに伝える事が出来なかったのかが解った。音程がぜんぶフラットしてれば、メロディーなんか伝わるわけないじゃん!
そういえば、一度だけレコード会社のディレクターが私のステージを観に来たことがあった。で、その時にそのディレクターはアンケートに「最初から最後まで音がずっと下がり続けたまま唄っている」と書いていた。私はその時に、まったくピンと来なかった。そんなことを言われたのは初めてだったし、他の周りの連中はそんな事誰も言ってないし。
しかし、彼の発言は全くの事実だったんだ!
しかし、じゃあ、私の周りの連中は、なぜみんなこの事を私に黙っていたのだろう?しょっちゅうライブ会場で出演日がいっしょになって、休みの日も仲良く遊んでいた連中は、どうしてこの大切な事実を私に告げてくれなかったのだろう?この致命的な欠点を直さない限り、私はどうにもならなかったというのに。
きっと私の周りの連中は、私を傷つけたくなかったのだろう。あの頃の私は自信満々だったから。そんなことを言われたら、私は怒ったかもしれない。喧嘩したかもしれない。
あるいは、本当に私を心配して構ってくれるような深い間柄ではなかったのだろうね。

で、サイモン・コーウェル。赤の他人があそこまでづけづけと直に批判してくれるっていうのは、実はもの凄くありがたいことなのだ。周りの普通の友達なら絶対言ってくれないことを、彼は指摘してくれる。発展中の音楽人にとって、まさに良薬は口に苦し。
私の自分の例が典型的だけど、自分自身のことって自分ではわからない。他人の批判はできても、自分自身を自分で客観的に捕らえることは、なかなかできない。たいていの場合は、そうだと思う。
で、才能のある奴っていうのは、自分で自分自身を客観的に把握することが無意識に出来る人間なんじゃないかって私は想像している。人に言われなくても自分に足りないことを全て把握していて、自分が今何をすべきかをすべてわかっているやつ。私みたいに気づくまでに何年も掛かるんじゃなくて、その場その場で即座にわかっちゃうやつ。
私は自分自身の致命的な欠点に気づいた後、、音程に気をつけながら唄うように努めた。自分の耳で自分の唄っている音程をいつもモニターしながら。そうすると発声も少しずつ変化してきた。感覚的にしか言えないけれど、声の低い成分を出すことに集中するのではなくて、声の高い成分を出すことに集中する唄い方。そうしたら、フラット癖が矯正された。最初から最後までいつでも狂わない完璧な音程ではないけれど、メロディーを伝えることのできる程度の音程のふらつき。ときどき音程がふらついてもそのあと元に戻せる音程のふらつき。
LIVEをやっていたあの頃に、もし私が自分のこの欠点を矯正できていれば、きっと今よりはだいぶマシな状況に私はいるのかもしれないけれど、タラレバを言ってもしょうがない。チャンスは一度。タイミングを逃したら、もうそれで終わり。って、なんでもいっしょだよね。
もしも世の中の人々の半分がサイモン・コーウェルみたいだったら・・・・うん、それは鬱陶しいかもしれない!(笑) だけど、ミュージシャンにとっては天国だよ、きっと。

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posted by tsサイモン at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人のひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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